
Gutenberg Diagram (グーテンベルク・ダイアグラム)
thewg.jp内の新しいSHOPPINGカテゴリーの名称だ。
普通の人にとっては聞き慣れないこの言葉は、Editorial Designを仕事としている私の数人の友人にとってはごく当たり前に意識しているひとつの法則である。「グーテンベルクの法則」や「Z型プロセス」と言われれば、ハッと気がつく方もいるかと思う。
簡単に説明すれば、例えば印刷物のあるページにおいて読者の視線の移動を予測し、効果的に図表や広告などを配置する際に用いられる考え方であり、その中でも有名な読者の視線移動の典型がページをZ型になぞるというものだ。
Webの世界では例えばYAHOOなどのポータルサイトのトップページにおいて最も純広告の価格が高いのはトップページ右上とされており、Webサイトを見る際に最も気になる場所であり、さらに言えば思わずクリックする可能性が最も高い場所であるとされている。これを、グーテンベルク・ダイアグラムに当てはめるとすれば、その場所は「強い休閑領域」とされている場所だ。
私が今回新SHOPPINGカテゴリーを創るにあたって、この法則の名前そのものを採用しようと決めた理由は、この法則には最初の視覚領域(恐らく最も重要と思われる場所)だけを注目するのではなく、終着領域にも注意が払われている点に興味を持ったからだ。
戦略的に物事を進めるにあたって、人がまず注目することは「初」、「最強」など最も大きなインパクトを与えられる可能性のあることに集中しがちである。その点、「最後」や「終着」という問題は「いつまでも存在し続ける訳ではない」ことや「どのように(キレイに)終らせるか」ということであり、特に新戦略構築の際には、あまり注目されることはない。
ただ、物事には必ず終りが存在する。また、そこで全てが消滅してしまわなくても、次のものにバトンタッチされたり、大幅な変更をともなう「モデルチェンジ」などを経て、ひとつの物事は確実に終るのだ。
新SHOPPINGカテゴリーは「プロダクトの終わり」を集めたものになる。価格は安く、広く一般には興味が薄れてしまったものであったりする。しかし、そのようなものでもこれまで存在に気がつかなかったり、十分に価値を認識している方がスペアに持ったりとそれなりのニーズが存在すると信じている。
SHOPPINGカテゴリーの終着領域。それをGutenberg Diagramとするのだ。



雨の京都で撮影した皆既日食。顧客のamberの撮影だ。
その日は皆様のご存知の通り日本のほとんどの地域で雨。しかも梅雨の末期でひどい雨だった。ここ京都も低く分厚い雲が広がる雨模様で、実際中京区でも日食の影響で暗いのかどうかが分からないほどだった。感覚で言えば日食の前後2時間はずっと雨の日の午後4時くらいという感じだった。
うーん。その中で写真に収められたこの写真。ある程度の準備とその瞬間の集中力が必要なだけに、その行為に頭が下がる。


Oxford Street, Bond Street駅の西、Marble Arch駅の東にあたるところにある老舗百貨店。1909年開業ということで今年で100周年を迎えた。
英国政府観光庁、VisitBritainからのニュースレターが届いた。ご存知の方もいらっしゃると思うが、現在英国ポンドが日本円に対して非常に安い。私自身が知る限りで最も安い水準にある。VisitBritainも思い切ったコピー「ポンドが安い 今が行きどき! Britain on Sale!」で観光客の獲得を目指している。
さて、海外旅行の際、現地通貨が日本円に対して安くなれば、それこそビール1杯の価格が変わる訳で旅行者にとっては非常に影響は大きい。現地通過が安いこと。つまりはお買い物が安くなるということは多くの皆さんが知るところだ。
しかし、買物はモノを買うということだけが目的なのだろうか。答えはノーだ。
100周年を迎えたセルフリッジ。元はアメリカ人が創った百貨店。しかし、この百貨店が当時の英国のリテイル業そのものに大きなインパクトを与えた。それらは、今、そこを訪問しても感じる事ができる。品ぞろえの充実や展示会、イベントなど、現在の百貨店業がごく普通に行っていることが現在のセルフリッジでも存在するので、特に何も感じない人もいるだろう。しかし、例えば建物内部のしつらえや、スタッフの制服、またその態度は日本のそれとは大きく異なることが多い。(もちろん、良いことも悪いことも存在する)
買物はそれそのものが貴重な経験である。日本国内において買物そのものが貴重な経験であると感じさせてくれるお店はごく少ないが確かに存在する。
では、日々なぜ皆さんが「買物=お金とモノの交換」という程度にしか思えないだろうか?
その理由のひとつとしては、「ここで買っても大丈夫」という安心感を標準化するという作業の結果だ。スタッフの質も標準化。売り場のしつらえも標準化。また、その標準化のマニュアルを競合同士が知らないうちにコピーし合っているので、どこにいっても「とりあえず」大丈夫な感じがするのだ。


「ギア操作による楽しい走りをスクーターにも」
雨に濡れた珍しいスクーターがギャラリーの前に停まっていたのでご紹介したい。
ホンダのジョルカブは京都では比較的良く見かけるスクーターだ。遡る事1992年3月にリリースされたホンダ・ジョルノはレトロ手法でまとめられたスクーターとして人気を集めた。そのジョルノの意匠をもってホンダ・スーパーカブのエンジンを搭載するジョルカブは「スクーターにもギア操作による楽しい走りを」という提案が受け入れられにくく、今ではカルトな存在となってしまっているようだ。もちろん、ジョルカブがカルト化した理由はプロダクトのパッケージングのみならず、価格面や当時のスクーターというプロダクトのおかれていた競争状況など様々な理由が存在する。
よくスクーターで「全開」という言葉を聞くがその状況は全開というよりも「開けっ放し」に近いアクセルワークとなっている。自動変速装置付きのスクーターは誰にでも簡単に操作することが可能で非常に便利なものだ。スクーターが普段の足になっている人々にとっては、「ゲタ車」という言葉があるように、新車時のしばらくの間を除いて、あとは洗車もしなければ整備もしない。気をつけていることがあるとすれば、「盗まれないようにすること」程度であることが多い。そんなゲタ車化したスクーターには「ギアチェンジで走る事そのものを楽しむ」というニーズそのものが存在しにくいのだ。
このジョルカブがリリースされた1999年と言えば、「原チャリ通勤・通学」が既に当たり前になっていた時代。その時代にスクーターそのものに新たな楽しみを与えようとしたこのアイデアは市場においては失敗する可能性が高かったかもしれない。しかし、なぜこういうものが出現するのだろうか?
それは、造っている人達が「走る楽しみ」を知っているからだ。
単なる移動手段に終らせずに何らかのエッセンスを。これがジョルカブの小さな挑戦だったと言える。


リリース - 2009年7月22日
THE WELBECK GALLERY(京都市中京区三条通烏丸西入ル)は7月22日に運営ウェブサイト www.thewg.jp においてRSSリーダー機能追加を行った。
これによりwww.thewg.jp内の中心コンテンツである"GOVERNOR'S DIARY"のRSSリーダーによる購読が可能となった。
RSSリーダーの機能追加はTHE WELBECK GALLERYの顧客の皆様および同サイトの購読者にとっては、同コンテンツの更新状況がより簡単に把握できるようになる他、既読・未読記事の管理がよりスムースになることが期待される。また、月次更新の際(月末・月初め)には特に月末ぎりぎりに更新した記事が読まれないままになる等の問題があったが、その問題もRSS機能により回避されることが期待される。
www.thewg.jpのRSSリーダーサイトへは下記のサイトへ直接アクセスまたは、GOVERNOR'S DIARY内 RSSリーダーのアイコンをクリックすることでアクセス可能。
http://www.thewg.jp/blog/rss.php
ということで、本当に多くの皆様にご愛読いただいているGOVERNOR'S DIARY。
これは貴重な情報をタダで発信しているように思われがちだが、本来はプロダクトに関わる全てのサイトが手分けをするなどして発信しなければならない情報であると私自身は考えている。
プロダクトはそれを造った人達によりプロダクトとして世に送り出された瞬間からその評価は皆さんに委ねるしかない。ならば、プロダクトを届ける者がすべき仕事は何か?造りテの正式リリースを単純にコピー/ペーストするだけではなく、造りテ、使う人々の両方の立場がわかるものとして、そのギャップを埋める仕事をしなければならない。造りテがどのような想いでそれを造ったのかを伝え、同時にそれを使った人々がどのように感じたのかを伝えることである。Web 2.0はその仕事を使い手に発信させるということを行った。それはそれで良い側面も存在する。しかし、肝心なことは届ける者があくまでプロフェッショナルな視点でモノを伝えるということだと思う。
THE WELBECK GALLERYでは引き続き皆様からのFEEDBACKを募集している。良い事も悪いこともそれらを、プロとして冷静に分析して伝えるべき人に伝える。今回のRSSをはじめ、今後もより皆様から見た場合、障壁の低い(気軽にもののいいやすい)存在であることを目指していきたい。


Central LineのNotting Hill GateからWestbourne Groveへ行く途中の路上。PiaggioのVespa ETシリーズ(1996-)と貼付けられた「L」マーク。
確かに日本でも初心者マークの貼り方に凝っている方はお見かけしたことがないが、これはマークの表示が「義務」だからだろうか。
このVespaも見事にやっつけ貼り。とにかく剥がれなければよいという雰囲気。同時に簡単に再利用可能なものだと盗まれる可能性があるので、このような「剥がすのが面倒」という雰囲気にわざとしているのかも知れない。
しかし、この面倒だが仕方がないという雰囲気がよい。何もキレイにまとめることがベストではないということの良い見本だ。


夏休み最初の連休。しかも少々疲れが出ている最終日の午後なので、私の仕事の話で、皆さんの明日からの仕事に少しだけ刺激を与えられれば幸いだ。
世の中が豊であることのひとつの象徴「モノが溢れている」こと。最近ではこれに併せて「情報」も溢れている。
モノがなく、人口が増え続けていた過去においては「造れば売れる」時代は確かに存在した。しかし、その時代は意外と早くに終焉を迎える。モノが溢れて「造っても売れない」ようになったのだ。その後、「造ったものは売る」時代があって、次に「売れるものを造る」時代がやってきた。それが一回りして、現在では「売れるものを造る」のは当たり前で、それでも思ったように売れないいものやもっと売りたいものを「どうにかして売る」時代となっている。
売れるものを造るための調査・研究はより高度で緻密なものとなり、その調査などの結果(データ)で裏付けがとれないものは最初から造らない。ただし、一部のマニア向けのものはそのルールから外れることが許されている。その理由はマニアな人達は他では手に入らないもので自分の欲しいものには、少々高くてもお金を支払ってくれるからである。なので、コストが高くついても問題はないのだ。
さらに、それが一歩進んで「予約受注販売」など、最終的にお金を払ってくれる人を確保してからモノを造るということも行われている。
いずれにせよ、こうした売る側の手法の変化は「ずる賢い」と捉えるよりも、現在では「知恵」と捉えられるようになっている。
さて、ではこうした知恵が本当に豊な世の中をモノを通して実現することは可能なのだろうか?
私の答えは「やり方だけでは無理」ということになる。
モノづくりや造ったものを使う人に届ける事は、そのプロセスの効率化をいくら図っても最終的な人の幸せにはつながりにくいと考える。重要なことは、人を豊にするコンセプトそのものであって、それがモノづくりの原点である。
今の問題はコンセプトの裏付けをデータで行おうとすることのような気がする。確かにデータは使わないよりも使った方がよい。しかし、コンセプトは数値化されたデータの前では時に無力であり、例えば組織でものを決める際などは、データを元に却下される企画は多く存在する。
私は生のコンセプトにどの程度データによる裏付けをエッセンスとして採り入れるかを常に考えている。その結果、そのコンセプトに大きな穴を発見することもあるし、逆にそのコンセプトのために集められたデータが不十分であることを発見したりもする。もし、それらを発見できなかったらどうなるだろうか?データをベースに物事を進めるとしても、それらは単に不足したデータによる大博打ということになってしまう。
その着想からコンセプトづくりに至るプロセス、実は多くの場合、このプロセスの中にデータが詰まっていることが多い。それは、コンセプトをつくる人も生活者であり、その人は普段、普通の日々を送っているからだ。
私はTHE WELBECK GALLERYの活動を通じて、様々な形で多くのアドヴァイスを行っている。当然、それでピンとくる人もいれば、余計に混乱する人もいらっしゃる。しかし、共通して言える事は私は独立した外部の人間であるということ。これを最初に理解していただきさえすれば、例えば、組織で思いっきり言えないことを知らないうちに私が代弁しているようなケースも存在する。当然、コンセプトには責任を持つし、出来れば成長著しい若い人達にとって良い刺激となって、いっしょに成長できればと考えている。


リア2本ショックのクラッシック・モトクロッサー、スウェーデンのハスクヴァーナCR?(不明)430。1982年。
ロンドンでのショウを終え、メキシコに戻った友人のAが早速入手したのこと。
2ストロークの空冷。冷却フィンの造形が当時の製造プロセスを同時に物語りつつ、美しい。あと目を引くのは単純構造の燃料コック。暴力的加速と扱いに慣れが必要であることは、これら、このプロダクトを構成する要素ひとつひとつが物語っている。


THE WELBECK GALLERYのコレクション。サバンナRX-7 (SA22C/1978年)。
部品点数をできるだけ少なくして、シンプルにまとめること。これは特に機械においては故障やトラブルを少なくすることにつながる。特に重量が軽くなる事は我々の想像を超えた大きなメリットをもたらす。しかし、機能を追加することが「機能が増える事=便利になる」や「1つぶで2度おいしい=割安」などの概念が一般的となった現代人を意識した場合、逆に「機能を減らすこと」には大きな決断が必要となる。
人は基本的にシンプルでわかりやすいものを好む傾向がある。なのに、プロダクトに対しては「とことん便利なもの」を求めてしまうのだ。
さて、デザイン面での成功を意識して採用されたリトラクタブルライト。写真のように故障してしまうと、一気に「ゆるキャラ」化するところが悲しい。
これはこれで、周囲の人々にちょっとしたユーモアや親近感を与えることに寄与するかもしれないが、実際に夜道を走行する上においては単なる故障車だ。
リトラクタブルでなければ、ヘッドライトの故障と言えば電球切れがほとんどのケースを占め、またその修理はごく簡単だ。一方リトラクタブルはごらんのような状況になる可能性に加え、普通に電球切れを起す可能性も持っている。ライトをしない場合のデザインを優先したために増えた部品とそれが故障箇所および故障の可能性をより高くしてしまうのだ。
当然、こうした検証は製品の最終仕様が決まるまでにかなりの時間をかけて行われる。できるだけ故障しないものを造り、故障した場合でも応急処置ができる機能を加えられて、最終的にデザインが優先された結果この機構が選択されたのだ。
ただ、この個体についていつも考えさせられるのは、むしろ追加される機能のほとんどは究極的なシンプルな性能と見た目のデザインを達成するためのものであるということである。このあたりにプロダクトづくりの奥深さがあるのだ。


宵山の菊水鉾。
動く美術館など祇園祭の山鉾巡行を語る言葉は多く存在する。
私自身、京都の出身ではないので祇園祭と言えば、「夏の京都で行われる、日本を代表する大規模な祭」とごく一般的な認識を持ち続けて来た。
そんなわけで、基本的に祇園祭のどさくさにまぎれたような商売もあまり気が進まなかったし、その楽しみ方や本来の意味を知る事もなかった。
そんな私にとって今年の祇園祭は昨年までとは全く違った意味を持ちはじめた。
千年の都、京都ではまだまだ駆け出しのTHE WELBECK GALLERYと私。しかし、リアル京都の皆様からもご愛顧いただけるようになり、いろいろとお話をきかせていただける機会にも恵まれるようになった。本当にありがたい事である。
ということで特別な想いをもって接するようになった菊水鉾を宵山に見に行く事にした。普段は雑踏嫌い、祭りの風情を楽しむにせよ、歩けないほどに人が集まる室町通を下ることは昨年までだとあまり考えなかったが、今年は行って良かった。本当に立派な鉾。それを受け継ぎ、守っていく人々の熱意。これこそ、「儲かる・儲からない」などとは全く次元の異なる話である。ただただ、敬意を表するのみだ。


THE WELBECK GALLERYとLIVE & SALON夜想の祇園祭恊働プロジェクト'A BEER CORNER'。
去る7月15日(水)に無事開催させていただきました。開催場所は三条両替町上ル。三条通はプレイボール直前の球場へ駅から向かう通りのように人でごった返しているが、三条からT字路で北へ伸びる両替町は山、鉾も建っていないので非常に静か。人通りも少ない。
京都の街中、しかも路上でイスに座ってゆっくり英国プロダクト、エールビ−ルのBASS PALE ALEを楽しめるのは確実に今回の企画だけだったと思う。
今年はあくまで実験。来年は今回の経験を活かして皆さんに楽しんでいただける企画にしたい。
おこしいただいた皆様。ありがとうございました。Feedbackもたくさんいただけて感謝いたします。


緊急リリース
THE WELBECK GALLERY(三条烏丸西入る文椿ビルヂング1階)とLIVE & SALON夜想(油小路御池三洋御池ビル)は恊働プロジェクトとして、7月15日(水)祇園祭宵宵山に"A BEER CORNER"を開催する。
A BEER CORNERでは生ビール販売(1杯目は500円、2杯目以降1杯目のコップ持参の方には400円での提供)、1777年創業の英国、BASS PALE ALEの販売(瓶入り1本500円での提供)をTHE WELBECK GALLERY両替町側屋外で実施する。
英国上面発酵の伝統のプロダクトBASSエールで楽しむ祇園祭を顧客向けに提供する。
開始時刻は午後5時頃から。終了はビールストックがなくなった時点で終了。


MARATHON DE LA ROUTE 84時間耐久レース仕様(1968年/第18回大会出走車・レプリカ)。広島QUADROPHENIA撮影。
7月11日にこのコスモを含むマツダ・ロータリーのアイコン合計4台を実際に走行して見せるイベントが開催された。
最近ではいわゆるエコカーの出現により、人々の自動車に対する興味も新たな段階を迎えつつある。
自動車にはプロダクトとして実際に多くの訴求点、いわゆるセールスポイントがある。プロダクトとしての自動車は輸送用機器であり、人またはモノを運ぶことがプロダクトに求められる必要最低限の使命である。それを踏まえた上で、見た目のデザインであったり、より速く、より遠くへ、またはより多くの人やものを運ぶことが可能であったりと、個々のプロダクトにキャラクタリスティックな訴求点が与えられる。
その点で言えば、現在のエコカーも「エコカー」ということが普通のクルマ+の意味でエコカーの訴求点となっている。
恐らくだが、CO2排出量削減目標の設定などの世界的な潮流の中でエコカーであることは、将来の自動車の必要最低限の条件となるだろう。
さて、それではそれを達成した上で、自動車は次に何を私たちに与えてくれるのだろうか?
そんな次のクルマについての様々な議論がある中で、特に電気自動車については、自動車産業そのものが大きな転換点を迎える可能性があるという議論が存在する。
モーターと電池で動く電気自動車。これまでの内燃機を搭載した自動車と比較した場合、最も大きな違いはその部品点数の少なさと言われている。少々乱暴な言い方をすれば、電気自動車はおもちゃのクルマと同じように基本的にはモーターと電池があれば走る。これは、電気自動車のクルマづくりにおいては、内燃機を中心とするエンジンを開発・製造しなければならないというこれまでの自動車産業にあった最も大きな参入障壁がなくなる可能性を秘めているのだ。参入障壁が低くなる、またはなくなるとどういうことが起るだろうか?これは即ち、これまで誰も予想していなかった企業が自動車を製造し、販売できる可能性である。
エコカー開発・育成のひとつの選択肢である電気自動車。しかし、その選択肢そのものが大きな業界のパラダイム・チェンジを招く可能性が出て来ているのだ。


マンチェスター、Tib StreetのOi Polloiから久しぶりのニュースリリースが届いた。
イタリアのSuperga、いわゆるローテク・スニーカーである。
vulcanised rubber soleはローテクの象徴でもあるが、Oi Polloiによれば、何よりも重要なことはそのカラーウェイ。時代に合わせて少しずつ変更を重ねて来たオリジナルカラーから一旦離れて、1930年代のカラーウェイが戻って来たことを今回は特に歓迎している。
ここに来て日本国内でもvulcanised rubber soleを探していらっしゃる方が増えたが、実際に実物を目の当たりにすると、どうも購入を躊躇するという方も多くお見受けする。
気持はわかる。おそらく、イメージとして「ローテク過ぎる」または「安っぽく見える」のだろう。そんな皆様へのVulca履きこなしをコツをひとつご紹介する。
基本は「あまり気合を入れすぎない」ことである。
Valcaに代表されるローテクの隠されたキーワードは「リラックス」「スロー」「自分自身」ということになる。流行っているからと言ってValcaの靴を買おうとすると、ここに来てローテクを志向する人々が求める本来の意味を見失ってしまい、「気合先行」となる。
これは、雑誌などからヴィジュアルだけを切り取って解釈した結果とも言える。重要なのは流行をサラッと流せる自分自身。世の中の流れと決別するのではなく、その中で自分の選択をしっかりするということができることに注目してみてはどうだろうか。


テストで使用し続けているプロト・サンプル。オプション扱いの同色ストラップがいつもの写真との違い。この時点では中のポケットから伸びる同色のミドリのストラップは構想になかった。
実際にお客様からのFeedbackはいつも新しいアイデアを与えてくれる。つくったプロダクトを売りさばくということが出来なくなった現在、多くの人が市場に耳を傾けてモノづくりを行っているが、Feedbackだけでモノづくりはできない。というのは、元来「白紙に何かを描く」ということが最も難しいからだ。
描かれたものを評価することは、実に様々な意見が集まり易いが、何かを描いてくれといわれても、その提案となると非常に難しい。
人が何かを評価する際には必ず何らかの基準が存在する。プロダクトの場合、人に評価基準を与えるようなプロダクトが存在したか、するかのどちらかだ。
ではその元になったプロダクトはどのようにしてつくられたのか?
それは何らかの影響を受けたにせよ、人による創造であり、意見をきくだけで、全くの0から形作られたものはほとんど存在しない。
お客様の中にも、いわゆる評価のみというだけではなく、「私だったらこうつくる」という提案を持って来てくださる方もいらっしゃる。評価をしたら、同時に提案もする。私自身も常に見習うべき姿勢であると感じている。


昨年冬にCamdenで購入したBondage Pants。ピンクタータンがなかなか良い。
土日はスーツを多用し、実は月曜日をボンデージの日にしていたが、昨夜遅くまでスーツを着たままで過ごしたせいか、今日はとてもスーツの気分ではなかったので、1日前倒しのBondage Pantsの日となった。
究極的に細いので、これも座れないシリーズだが、いつも悩むのは靴。結局10939を履く事が最も多い。
こういうものでウロウロしていると最初は周囲の視線が痛いが、慣れてくると、これくらいでないと地味に思えたりもしてくるところが不思議なところ。
ここ数週間、実は日曜日はそれほど顧客のご訪問も少ない。実質、平日と土曜日にご訪問いただけるので、いわゆる日曜日の特別感が希薄になっていると感じる。
休みの日は出かけなければいけないような感覚に陥ることがあるが、土日と2日間連続でお休みの方にとっては、その内のどちらか1日は家でゆったりされてもよいのでは?と思う。
特に先週から今週にかけて、私自身が丸一日家にいることがなかったので、ここに来て「丸一日家にいれるとしたら、何をしよう?」と妙に考えてしまう。
今一番やりたいこと?
それは、家にいて音楽を聴くことと、読書だ。そういう日が8週間の内に1日だけでもあれば、、、と思うが、そういうことも言っていられないので、それがいつか達成されることを願って今は働く。


Vasselとの恊働プロジェクトPAPER BAG BAG #26。
先日終了したAPARTのショウにも間に合い、一段落というところだったが、その後たくさんのお問合せをいただき、ギャラリーストックが最後のひとつとなってしまった。
以前にもなんどか同じような話題に触れたが、本当に愛着のあるプロダクトはその行き先が決まると何とも言えない気持になる。お金を出してお買い上げいただけるという事自体、非常に幸せなのだが、やはり本音は寂しいものだ。
そんな中で顧客のみなさまが、そんなプロダクトを身につけて、またはお持ちになって再びギャラリーに来ていただけることは、本当に嬉しい。


SUBARU PORSCHE。よく見るとISUZU。さらによく見るとSAMBAR。最後にスバルのマスコット。
いつもカメラを持ち歩いているが今回の東京出張ではあまり収穫がなかった。夜中酔っぱらったついでに発見したトラックの写真。いわゆるローダーというやつでクルマを運搬するクルマ。
適当に停まっていたものではなく、あるちゃんとした場所におさめられていて、よくみると芸も細かい。SUBARUとPORSCHEのロゴについては、同じ寸法で製作されたもので、適当に集めて貼ったものではない。
ブランドを管理するブランドマネジメント的な考えで行けば、このようなことは絶対にあってはならない事だ。その点、特別な提携やいわゆるコラボレーションなど、2つ以上のブランド価値がうまく相乗効果を得られると判断される場合は別だが、その際に最も慎重に行われるのやはりそれぞれ独立したブランドのイメージに対する影響についての考察だ。
ただ、こうした管理主体のブランドマネジメントを完全に無視したやり方も存在する。それは、ブランドマネジメントが気がついていないブランド価値が世の中には存在して、その価値に基づく顧客のいわば勝手な解釈や行動が、実はブランドを強化するという考えだ。
要は完全にコントロールして何かを達成するのか、一部コントロールできない部分をもうまく巻き込みながら何かを達成するのか?ということである。
